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再会とお別れ [ブログ]

しばらくぶりの更新です

気がつけばもう7月
今年は梅雨入りが早かったり
夏日到来も早く
梅雨明けも例年より早かったため
季節が駆け足で過ぎ去っているように感じます
6月のうちに日本中で
猛暑日の記録更新がされたりと

やっぱりどこかおかしい2011年の夏ですね

こんなこと書いたら不安に思われるかもしれませんが
1995年に起きた阪神淡路大震災の前の年の夏は
私が生きてきた中でもっとも暑いと感じた夏でした
2番目に暑いと感じたのは去年の夏
「猛暑」が続くと私の中で「地震」という不安が甦る
これは否めない事実なのです。

節電の夏を乗り切るためのご準備と共に
避難袋のご準備や
もしもの時のための家族間の連絡方法や
集合場所などの確認はされた方がいいと思います

久しぶりの更新なのに
なんだか用心深い書き出しでごめんなさい

実は私
ずーっと考えていたことなのですが
思い切って宮城県へ行ってきました
ちょうど地震から3ヶ月後の6月の11日に
幼なじみの祥子ちゃんを探すためにです

更にその日から1ヶ月が経ち
震災後4ヶ月の今
自分の中で色んな気持ちと向き合いつつも
活字にする気持ちに辿り着きました


6月11日。

飛行機で仙台空港まで
上空からの眺めは覚悟はしていたものの
3ヶ月たったというのに
まだまだ壮絶な姿でした

私は去年の9月23日
そうです
ブログでもライブレポを書いた
私が愛してやまない稲葉浩志LIVE〜en II〜が
仙台で行われ
雨振りの中私は仙台を訪れました
翌日、天気は回復して
帰り際に撮った空港からの夕焼けの写真がこちら

写真_2_3.jpg

この日から9ヶ月後
まさか、こんな形で再び訪れることになるとは
不安と現実を受け入れるための心の準備で
私は着陸する前からイッパイイッパイになっていました

思えば、この時が1番精神的に心細い状態でした

到着してもみんな口数が少なく
到着ロビーを出ると
ボランティアの人や航空会社の人
ちょうど3ヶ月後ということもあり
報道陣の人達等
大勢の人達でいっぱいでした

印象的だったのが到着ロビーにあったこちら

写真_4_2.jpg

なんか写真撮る時手が震えました
あー来たんだ
大げさですがこの時実感した気がします

ボランティアの案内窓口みたいな所へ行くと
バスで石巻方面へ行けることを教えてもらったので
手荷物を取ってバスを待ちました
たぶん、これから夏のものが必要だと思ったので
逢えるかどうかも分からなかったのですが
沢山の夏服とタオル類、逢えた時の為の生活雑貨等
結構な荷物でした

石巻までバスで
覚悟はしていたものの
大分と復興して瓦礫も撤去されている場所と
まったくの手つかずで
なんともいえない悪臭がする場所
私の心は現実を目の当たりにして
どんどんと重い気持ちになっていきました

でもボランティアで来ている方
その方達を取り仕切る受け入れの代表の方達は
とっても明るく、親切で丁寧です。

私は何かお手伝い出来ることがあればお手伝いしながら
友人を探したい気持ちと
滞在期間は3日間
寝袋、食事持参なので自立型ボランティア
という条件で登録してもらいました

祥子ちゃんの住所を見せたら
1番いる可能性の高い避難所を教えて下さり
とりあえずそこへ行ってから
ボランティアの仕事内容を担当者に聞いて下さいとのこと
紙切れをもらって
また小型バスに乗り避難所へ

もう心臓がバクバクでした
どうか、どうか再会できますように[ぴかぴか(新しい)]
祈りながらの道のり
でも、その避難所に彼女の名前はありませんでした

そこで私は避難所の清掃の仕事をお手伝いして
休憩を頂いたときに話しかけてくれた地元の人に
祥子ちゃんの住所を見せました
ここから歩いて15分ぐらいの距離だから1度連れて行ってあげるって
もうドキドキしながら
彼女の家があったであろう場所へ向かいました

年賀状に書いてあったとうり
海から近くて潮の香りがしました

「たぶんあの辺り、ああ、隣りのうちがここだからね」
そういって教えてもらった指差す先は
瓦礫の山でした

私は走ってその場所に
もう涙が溢れて
「怖かっただろうなぁ」と
身体が震えました

でも、でも、1つだけ希望の光りが

写真_2_2.jpg

祥子ちゃんが住んでいたであろう場所に
力強くたんぽぽが咲いていたのです
他の場所には花は咲いていなかったのに
ここだけ「幸せの黄色いハンカチみたいに」
まっ黄色の花が元気に

もう一度避難所に戻り
休憩を頂く度にあちこち探しまくりました
不明者名簿も目を通しました
残念ながらこの日は見つからず
翌日は違う避難所でお手伝いすることをお願いしました

翌朝、早朝から移動
3件の小規模避難所もまわりました
でも、全く見つからない
聞いても、まだ引っ越しして来て間がなかったからかな?
どこにも彼女を知る人はいませんでした
落胆と疲れ。

どんどん時間は流れ
それでも諦めない気持ちがありました
でも不思議なんです
ふと、なんで私はここに居るんだろう
すごい孤独感に苛まれ
でも、ここに居るのは絶対呼ばれたからだ
そう自分に言い聞かせては
たとえ逢えなくても
阪神大震災で助けていただいたお返しが出来る
偽善者のように聞こえるかもしれませんが
何か理由を見つけないと
心が折れてしまいそうな
そんな言葉を失ってしまいそうになる
衝撃が被災地にはありました

でも、東北の人は優しく
謙虚で
そして強い

お役に立ちたいなんて
ちっぽけな気持ちで来た自分を
とても恥ずかしく想いました

もう2日目の日の暮れがそこまで迫った時
もう1度祥子ちゃんの自宅があった場所に行こうと
向かったその時

「さよちゃ〜〜ん!」という懐かしい声が

私は、ものすごい勢いで振り返りました
するとそこには祥子ちゃんが!!
まるでドラマのように
歩み寄り抱き合い手と手をとって号泣しました

逢ったらアレもコレも話そうと思っていたのに
言葉なんて出てきません
背中さすりあって
ただ、ただお互いうなずくだけ

周りの人達もそっと笑顔と涙で見守ってくださいました

どれぐらいの時間がたったかな?
やっとお互いに少し冷静になれて
彼女の方からあの日のことを話しはじめてくれました

あの日彼女は寝たきりのお義父さんと
足が不自由なお義母さんと1階の居間にいたそうです
すると地震が
お義母さんがすぐに
「津波が来るから逃げなさい」と
でも
「そんな自分1人で逃げることなんて出来ないです」と
ご両親に言って、とにかく2階に上がれる様
先にお義父さんを背負おうとした時
居間の中に足首まで海水が侵入してきて
引き波がものすごく強かったのを感じた時
お義母さんが、「早く2階へ逃げなさい」
「お義父さんと私はここにいるから」と

「いやです、そんな事出来ません」
泣きながら言ったら
お義母さんが
「息子をひとりにしないでやってくれ!」
お義父さんはただ、ただ穏やかな笑顔だったそうです

泣きながら2階へあがった瞬間
家ごと津波に流されてあとは覚えていないそうです
気がついたら病院のベッドの上
地震から3日が過ぎていたそうです
大けがを負った彼女は1ヶ月の入院

旦那様は職場から家が気になって
車で家に戻る途中に
津波に流されて
彼女とは違う病院へ

2人が再会出来たのは
地震から11日目だったそうです
なんとか無事に再会できた翌日
旦那様がご両親と悲しみの再会をはたされました

きっと2人が無事に再会出来て
ご両親もホッとされたのでしょう
祥子ちゃんはしばらくショックで
記憶が飛んで何も思い出せない状態でした
周りの方の力添えで
今、私は生かしてもらっていると
ポロポロと泣きながら
それでも笑顔で私に話してくれました
「聞いてくれてありがとね」
「あーーー!すっとした!」って
号泣するんだもん!

聞く事しか出来ない私だけど
これからが正念場
末永く支えて応援していく決心をしました

インスタグラムにもポストしたのですが
これが再会の時の決意の写真です
一緒に撮ってもいい?って聞いたら
手だけならいいよって(笑)

写真_3_3.jpg

左が私、右が彼女
祥子ちゃんが手に懐中電灯当ててくれて
私がiPhoneで(笑)
何やってるの?ですよね

翌日、明るくなってからゴソゴソと持って来たものを
あの時はまだ肌寒かったんだけど
ゆったりした夏物のお洋服や
旅持ち茶器にお茶の葉、紅茶の葉
日持ちする甘い焼き菓子
フェイスマスクやエッセンシャルオイル等

少しでもホッと出来る癒しアイテムをと思いました
特にやっぱり、美味しいお茶と甘いお菓子
阪神大震災の時、すごく欲しかったんです
ダンボールで手作りパーテーションを旦那様が作ってくれたのと
避難所でとっても嬉しそうに話す祥子ちゃん
私がお邪魔しますと言って中に入ろうとしたら
「あ、そこ玄関よ(笑) 豪邸なんだからー」と
ニコニコしてくれます

「昨日泣くだけ泣いたからもう泣かないと決めた!」
そう言いながら嬉しそうにお茶をいれてくれました
「あーー美味しい♪」
「この味一生忘れないよー」
さっきもう泣かないと決めたはずなのに
お互いもう涙(笑)

「これは嬉し涙だからいいの!」
まったく同じセリフを同時に言って大笑い
やっぱり幼なじみって一瞬にして時間や距離を
埋めてしまえる相手なので
こんな時いいですよね

「お見送りは避難所の玄関までにしてね」

私はそういって仙台を後にしました
泣きそうになるのが分かっていたからです

帰り道
再会できた安堵感
お別れの寂しさ
震災前と震災後の変わり果てた姿と傷跡
私は色んな物を心に抱えて
なんとも言いがたい気持ちで一杯でした

テレビのニュースで流れている様子なんて
ほんの一部
義援金だって沢山集まっているのに
3ヶ月たっても本当に困っている人の元に
届いてなんかいやしない

ちょっと怒りもわいてきたりして

でも、でもね。
すごーーく大事なものを
私は東北の人達から教えてもらいました
励ますつもりで行ったのに
励まされて帰って来た私。

それだけに、家に帰って
当たり前に電気や水道やガスが使えて
美味しいものをお気に入りの食器で食べることが出来て
足を伸ばして寝ることが出来て
入りたい時にお風呂に入ることが出来て
家族が「おかえり」と迎えてくれて

ひとつひとつの「当たり前な生活」に
感謝の気持ちと共に
一日も早く被災地の人達にも届けなければと
強く思いました

阪神大震災の時、思い知ったはずなのに
バカな私。

ありがとう、祥子ちゃん。
やっぱりあなたが私を呼んでくれたのね。

神様に感謝。
共に再会をお祈りして下さったあなたに感謝。
心からありがとうございます。

そして、1ヶ月がたった今
彼女はまだ避難所にいます
「何が1番必要?」って逢った時に訪ねたら
「心の栄養が欲しい」って
そう言ってた言葉が耳に残っていて
なんだろう?ってずーっと考えていました

やっぱり、それって「さみしい」から
出た言葉なんだろなぁって
ある日とっても綺麗な夕焼けを見た時に思ったのです

出過ぎた真似かな?とも思ったのですが
すぐに彼女にiPhoneを送りました
これで私達家族です
離れていても家族です

彼女は想像以上に喜んでくれました
すぐにメールがきて
すぐに声も聞けて
私が撮った写真を見て
「元気出たよー!避難所のみんなで見てるよー」って
繋がることは心の栄養だぁーって
めちゃくちゃ喜んでくれました[るんるん]

結局また私が励まされています(笑)

復興はまだまだ長い道のり
福島の原発の問題も
被災者保証問題も
政治家の人達があまりにも呆れ返る自分本位な時間稼ぎ優先の中
不安ばかりが膨らむ被災地の人達の気持ちを思うと
情けなくて胸が痛いです

日本はテクノロジーの国と言われてきたけれど
そのテクノロジー神話もあっけなく崩壊してしまった今
進み過ぎた時間を
巻き戻して自然に対して優しい心で
謝らないといけない時がきたのだと思います

節電して不便になった分
日本人の心が1つになれて
地球にも優しくなれたなら
心の中の灯りは明るくなる

そうすれば心に栄養がいきわたる
そんな気がしてならない私なのでした。

長い文章におつきあいしてくださり
心からありがとうございます[ぴかぴか(新しい)]



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コメント 34

コメントの受付は締め切りました
お茶屋

何度も読み返してしまいました。

まずは祥子さん ご無事で何よりでございます!
お義父さま・お義母さまに心よりご冥福お祈り申し上げます。

そしてsayoさんのお心遣いにnice!を☆

by お茶屋 (2011-07-13 10:38) 

jack

再会することができて本当に良かったですね。
普通に生活出来ることが幸せなんですね。
原発事故以来その普通の生活もしづらくなってしまいました。
by jack (2011-07-14 00:13) 

Julia

sayoさん
言葉にならないよ。

sayoさんの祈りが通じた事、本当によかった。
私の母の友人も家が無くなったりしたって聞いてたけど、
実際、現地へ行かなきゃ解らないこと、たくさんあるんだね。

とにかく、ご友人との再会が叶ってよかった。
人生の中で、どれだけ沢山の出会いや別れを経験するんだろう?
その中でも、この未曾有の災害の中での再会は、日常の中では、
あまり経験できない事ですよね。

これからもsayosさんと祥子さんの絆が続き」ますように・・・
by Julia (2011-07-14 01:40) 

max1122momo

感動しました。
見習いたいです。
by max1122momo (2011-07-14 02:33) 

Elmo

sayoさん こんにちは(^_^)
祥子さんと再会できて、本当に良かったですね。
2010.9.23仙台で見た夜空は美しかったです。もう一度、あの空を見に仙台に行きたいと思ってます。絶対、行きたい!
私に出来る事は忘れない事。
祥子さんに一日も早く、当たり前の日常が戻りますように願ってます。
by Elmo (2011-07-14 11:36) 

ぷーちゃん

先ずは良かったニャーご。ↀωↀ
目には見えにゃい、深~いご縁が
あったのです。これからも
いいご縁が続きますように。
感謝♪
by ぷーちゃん (2011-07-14 15:49) 

こと

再会できて、良かったですね。 

お義母さんの「息子を一人にしないで」という言葉、こころにしみました。

私も自分を見つめ直して、生きていこうと思いました。
by こと (2011-07-14 18:38) 

ドルフィン

sayoさん、お友達と逢えて良かったですね。素敵なお二人の絆を暖かく感じました。
by ドルフィン (2011-07-15 00:28) 

れい

さよさん、こんばんは。覚えてもらってるかな、私のこと(^^;;

ブログ読みました。本当に本当によかった!!今も涙が止まらないです。。
影ながら、お友達のことずっと心配してました。そしてさよさんのブログも更新されないので、少し心配してました…。

さよさんの行動力、本当に素晴らしいと思います。
私もあの日から自分には何が出来るのかをずっと考えてます。
でも、自分の力ではどうにもならない現実に泣くことしか出来ません。

それでも、私も新しいことを始めました。それが今すぐ役には立たなくても、今から続ければきっと誰かの光になると信じて。

さよさん、報告ありがとうございました!嬉しかったです☆
私も頑張りますね!
by れい (2011-07-15 23:55) 

sayo

>お茶屋さん

こんばんは、お忙しい中
私の長文を何度も読み返して下さったことに
感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございます。

ちょうど、涼煎茶を祥子ちゃんに送ろうと思っていた所です
また、注文させて頂きますで
宜しくお願い致します

お茶は緊張した心も身体も
ほぐしてくれるので本当にかけがえの無い宝ですね

by sayo (2011-07-16 22:32) 

sayo

>Jackさん

コメントありがとうございます。
あの状況で再会出来たことは奇跡だと思いました。
「普通の生活」
そうですよね
やっぱり福島の人達が1番辛い現状だと私は思います
この話になると国の対応に対して
憤りをすごく感じてしまいます。

by sayo (2011-07-16 22:36) 

sayo

>Julliaさん

ありがとう!

文字から凄く気持ちが伝わって来て
ほんっと、ありがとね
やっぱり行かないとわからないことだらけだと
思いました
たった3日しかいなかった私。
そこで毎日過ごす人の気持ちを思うと
今でも心苦しく思うの

心のケアもそうだけど
やっぱり1番必要なのは
普通の生活が出来る為の援助
仕事があって
家があって
プライパシーが保たれる
ここを国が保証してあげないと
何もはじまらないと私は感じました

特に高齢者の方が多いから
お義父さんを介護していた祥子ちゃんは
ボランティアとして走り回る日々を送っています

でも、これからは必ずいいことが起こるはず!と
メールで報告してくれる彼女に救われています
幼稚園の時からの幼なじみ
あ・うんの呼吸で支え励まし支援していきますね!

by sayo (2011-07-16 22:54) 

sayo

>max1122momoさん

こんばんは〜
長文におつきあい頂いてありがとうございます。
感動して下さったなんて恐縮です。
もっと、早くに逢いに行くべきだったんですよね。
でも、私、やっぱり「怖い」気持ちがありました....。
すみません。弱虫です。

by sayo (2011-07-16 22:58) 

sayo

>Elmoさん

こんばんは〜
コメントありがとうございます!
絶対に仙台にもう一度行って下さい♪
仙台市内は随分と復興しています。
夏祭りも行われますし
宿が取れないぐらい仙台市内は被災地の拠点となっています。

「忘れないこと」
1番大事なことだと思います
そこからすべてがはじまり
被災した人達の支えになりますものね

一緒に再会を喜んで下さってありがとうございます♪

by sayo (2011-07-16 23:05) 

sayo

>ぷーちゃんさん

こんばんは〜
いつも温かいコメントありがとうございます。
深いご縁に心から感謝です♪
by sayo (2011-07-16 23:06) 

youzi

こんばんは♪ いつもありがとうございます。
お友達と再会できて、本当に良かったですね。
黄色いタンポポは幸せの花だったんですね。
でも、ご両親は命を落とされたとの事で、
記憶を無くされてしまった事、無理ない事と思いました。
sayoさん、実際に被災地に出向かれた事、本当に凄いと思います。
私はワンちゃんのボランティアで被災地に行きたいと思いながら、
未だに行動に移せていません。
お友達の祥子さん、ご主人様とご一緒に以前の生活に
一日も早く戻れる事を心から祈っています。
by youzi (2011-07-16 23:08) 

sayo

>ことさん

コメントありがとうございます!

そうなんですよ、私も息子がいるので
お義母様の「息子を1人にしないで」には
深い親の愛を感じて感動でした

彼女は自分だけが同じ家にいたのに助かったことを
とても申し訳なく心痛めていましたが
ご両親は最後までご夫婦離れないで一緒にいれたこと
それはとても心強くて幸せなことだったと思うよって
言いました。

きっと、そのはずだと思います。

by sayo (2011-07-16 23:12) 

sayo

>ドルフィンさん

こんばんは〜
コメントありがとうございます。
再会を一緒に喜んで下さってとっても嬉しいです(^^)
ますます絆を深めて支え合って行こうと思います♪
by sayo (2011-07-16 23:13) 

sayo

>れいさん

こんばんは〜おひさしぶりです☆
色々とご心配をおかけしたみたいですみませんでした(^^;)
ただでさえ、気まぐれ更新の放置ブログ。
この1ヶ月は、心の整理がつかないままで
色んなことを考え続けていました。

行動力!
どうなんでしょうかね。
本当はもっと早くに行くべきだった!
だけど、怖さも凄くあって
心の準備やら、情報収集に3ヶ月もかけてしまいました。。
でも、このタイミングだったから
再会出来たのかもしれないし
お互いの心の整理に必要な時間だったんだと言い聞かせている
小心者の私です(^^;)

れいさんも新しいことを始められたのですね!
素晴らしいです☆
きっと光芒の歌詞のように
誰かにとっての光りとなるでしょう♪

コメント、こちらこそ嬉しかったです
ありがとうございます☆

by sayo (2011-07-16 23:21) 

sayo

>youziさん

こんばんは〜
こちらこそ、いつもありがとうございます。
皆様の所へのご訪問も全然ままならない私ですのに
訪問して下さって、コメントまで!
それだけでとっても幸せ者だなぁと感謝と共に感激しています。

再会と共に悲しいお別れもありましたが
被災地の人達はとても前向きで強く優しく、謙虚でした。
だからこそ、1日も早くなんとかしてあげたいという気持ちが
湧き出てしかたないです。

ワンチャンのボランティア
今は宮城より福島のペット達を預かっている
確か、神奈川県だったと思うのですが
そこへまず連絡されてみてはどうですか?

ペット達にも1日も早く
普通の生活を与えてあげたいです。

by sayo (2011-07-16 23:31) 

いけ麺

ワタシの友人も、家と店と親族を失いながらそれでも復興に向けて全力で頑張っています。
友人家族は、沢山の人がサポートしてくれているので欲しい物は特に無いけれど、想い出の品がすべて流されてしまったので、懐かしい写真が欲しいと話してくれました。
そこで、一緒に旅行した時の古い写真を送ってあげました。
とても喜んで貰えました。
もしも、写真など想い出の品があれば、送ってあげると大喜びしてもらえると思います。
by いけ麺 (2011-07-17 00:15) 

iori

sayoさんの信じる心と絆が導いた奇跡に感動です。

胸が熱くなって多くを語れませんが、「よかった」と安堵しています。

自分に出来る事は忘れないこと、ってコメントがありましたね。私もそう思います。忘れられるって、すごく悲しいしそこから何もうまれないと思うと・・・。
忘れないでいる限り、sayoさんの行動や体験につながるんだと思います。

by iori (2011-07-17 16:13) 

繭香

sayoさん、こんばんは。

お邪魔させていただくたびに、
お友達の事がずっと心に引っ掛かっていて。
今回、お友達に再会出来たということ
しっかりともう一度繋がれたということ
本当に本当に、勝手に嬉しく思います。

涙が止まらなくて、楽な生活をしている私が
自分本位な涙だなと思いながら…
どうしてこんな事になってしまうのか
どうしてもっと早く救いが行き渡らないのか
辛くて、悲しくて、腹が立ってしまいます。

でも、sayoさんの行動、強い想い、
祥子さんの謙虚でひたむきな気持ち、
ご両親のただただ敬服する愛情。
何か姿勢を正してもらえた気分です。

誰かに憤る前に、悲しむ前に、
私自身でもっと、もっと出来る事を
精一杯やっていこうと思います。

読ませて頂いてありがとうございました!








by 繭香 (2011-07-18 19:34) 

sayo

>いけ麺さん

まずは、ご友人の方も被災されたご様子で
さぞかしご心配された事と思います
でも、沢山の方のサポートの元
前向きに必死で頑張っていらっしゃるとのこと
必ず、復興出来る事をお祈りしています。

そして、すばらしいアドバイスをありがとうございます!
早速、写真を探しました。
彼女は一人っ子で、ご両親もお父様を早くに
お母様は2年前に他界されたので
実家がなく、宮城へ全ての荷物を運んでいたので
写真等の想い出の品も失っているはずです。

私ったら、全然そこまで気づかなくて(><)
想い出の写真をアルバムにして
プレゼントしようと思います♡

ありがとうございました!

by sayo (2011-07-18 22:06) 

sayo

>ioriさん

優しくて、あったかいコメントどうもありがとうございます♡

そして、今日お電話で声が聞けて
とってーーーーーーーも嬉しかったです!
ioriさんカワイイんだもん♪

お引っ越しされてもいつか必ず逢えると願っています
忘れませんからね!
しばらくお引っ越しでお忙しくなると思いますが
お身体に気をつれてください。
そして、ゆるゆる更新ブログですが
いつでも遊びに気て下さいね☆

by sayo (2011-07-18 22:11) 

sayo

>繭香さん

うわぁ♡
遊びに来て下さったんですね(;_;)
嬉しいです。気にかけて頂いて
コメントまで残して下さって
私の方こそ感謝の気持ちで一杯です

自分本位な涙だなんて。。
とんでもないです。
涙とは、元々自分本位なものであって
誰もが同じだと思います

だから繭香さんはとてもナチュラルなひと。

私ね、正直に書くと
宮城へ行った気持ちの中に
ヨコシマな感情がありました(笑)

それはあのバースデーライブの時
あの人が何度も仙台のことを
「いくら感謝しても感謝しきれません」って
何度も笑顔で言ってたのが
ずっと頭の中にあって
あの人もすっごく心痛めていて
どうしてこんな事になったんだ!と傷ついているだろうなって

そのことも頭の中にあってね
9月23日、24日に見た景色を更新して
前に進み、現実をこの目で確認したい
たとえ深く傷つくことになっても
なんでもいいから手伝いたい!
そういうヨコシマな衝動もあったのです

超自分本位なんです。
でも、被災地に行ったら
お役に立ちたいって思っていた
自分が恥ずかしくなりました。。

だから繭香さんのコメント
とてもありがたくて
心にズキュンと響きました
私の方こそ、どうもありがとう

また会場で再会したいですねー♪
強い想いでお待ちしています(^^)

by sayo (2011-07-18 22:35) 

iori

こんにちは(*^_^*)

初めまして、の声でしたね~~。緊張してしまいました。
上手くしゃべれなくて・・・あ、いつもなんですけど。

不思議な感じでしたけど・・・・すっごく嬉しかったです。
これからも、よろしくです(^^♪

この機会をくれたお友達がすっごい雨の中の帰り際に「ちょっと待って」って自分の手首から外したブレスレットを私の手首に巻いてくれたんです。あの人と色違いだからね、って。彼女のブログの中でも紹介されてた大事な大好きなブレスだったんです。それを知ってるから涙が溢れてとめることができず、号泣してしまった私を優しく力づよくハグして握手してくれました。

また、会えると信じて疑わない大友達です☆
by iori (2011-07-19 13:09) 

mayu

sayoさん、訪問が遅れてゴメンナサイ。。。

もう、何だか、まだ、何だか…
何度も何度も読ませて頂きました。
先ず一言、無事に再会出来て本当に良かったですね。
もう読んでる私がハラハラ・ドキドキしてしまいました。
コンサートでの事も、よ~く憶えていますし全く他人事だとは思えません。
sayoさんは阪神大震災に遭われてるから余計に心が潰されそうだったの違いありませんものね。
でも本当に良かった、会えて…
私にはsayoさんの様に行動が取れなかったけど自分で出来る限りは…と思って募金を会社の皆で自分で頑張ったつもりなんですが、やっぱりまだ何ヶ月も経ってるのに惨状なんですね。

でもきっと立ち直ってほしいです、決して忘れないです。
sayoさんのお友達も私にとっても他人じゃない様な気持ちです。
sayoさん行って、お顔見れて良かった…

by mayu (2011-07-20 10:05) 

sayo

>ioriさん

再びのコメントありがとうございます♪
返信が遅くなってごめんなさいね!

私もはじめまして〜なんですけど
不思議な感じがするものの
初めてお話する感覚とも違っていて
すっごく親近感を感じました
こちらこそ、これからも宜しくです♪

そして、なんて優しい彼女の行動!
読ませて頂いて情景が浮かび彼女の相手を思いやる
男前な優しさに涙出ちゃいました☆
こうして不思議なご縁は繋がっていくんですねー

辛い時、しんどい時、嬉しい時
腕につけたブレスを見て色んなことを思い出してね
きっと、2人分の声援がioriさんの元に届くと思います(^0^)ノ

ヤルなぁ彼女(笑)
親友(心友)って有り難いですよねー♡

by sayo (2011-07-23 02:04) 

sayo

>mayuさん

こんばんは〜私の方こそご無沙汰しています
それなのに遊びに来て下さって
そして自分のことのように感じて下さって
お優しいお言葉、本当に心から感謝です。

ゴメンナサイね。ハラハラさせちゃって

なでしこJAPANじゃないですけど
熱い想いや願いって
諦めなければ叶う奇跡があること。
なんだか今回のことで学んだような気持ちになりました。
自分なりに試行錯誤していた時期はとても辛かったけれど
道を間違えないように歩けば
人それぞれかかる時間は違うけれど
「自分なりの納得」を得ることが出来るんだと思います。

祥子ちゃんは何度も仮設住宅の抽選に外れていますが
まだ入れてもらえる順番じゃないのよ
私より大変な人が沢山いるし
早く入りたいけど、避難所での仕事が一杯あるから
まだまだ先の方がいいのよ。って
今朝のメールに書いてありました。

4ヶ月たった今も復興に関しては
海岸部分は手つかずのまま
町中も信号がまだついていないそうです
ハエが大量発生して大変だそうです
なんとか、国が一秒でも早く衛生面もふくめて
対応して欲しいですよね。

でもね、会えて本当に安心しました。
一緒に喜んで下さってありがとう、mayuさん♪

by sayo (2011-07-23 02:24) 

Victoria

読むのが遅くなりました…('-')
ずっと更新がなかったのを心配してました…(^-^≡^-^)
なんと被災地に行っていたのですね…
sayoタンの行動力にビックリすると共に、文章を読み進めていくにつれ、同じように感情が動いて、思わず泣いてました(´;ω;`)
震災後当たり前のことがどれほど大事なことなのか、ものすごく実感しました(´;ω;`)
被災地に行った後だからこそC'monもより心に響くと思います(´;ω;`)
お友達が無事で本当によかった。゚(゚´Д`゚)゚。
本当によかった。゚(゚´Д`゚)゚。

文章にして残してくれてありがとう(´;ω;`)
by Victoria (2011-07-29 00:17) 

sayo

>Victoriaさん

wow!私の憧れの人☆ブログマイスターのVicタン♡
こちらこそ、大感激のコメントを残してくれてありがとう(´;ω;`)
はい、行ってきましたよー
泣かせちゃってごめんね♡
覚悟はしていたものの、稲タンが合宿に選ぶ程の思い入れのある街
もちろん友達のことが最大の目的だったけど
目にするもののすべてがやっぱりショックでした(;_;)

そーなんです、だからC'monが心に響いて大変です(´;ω;`)
B'zがライブを宮城県からスタートしてくれることにも
心から感謝です☆
まずは被災地の人達に見てもらいたいし
他県からもいっぱい見に行ってもらって
お金を使って滞っている経済を回して欲しい

友達が言う「心の栄養」って
音楽の力も凄く大きいって実感しています!

by sayo (2011-07-31 11:29) 

ハナヒバナ

sayoさんお久しぶりです。

長い間ブログ更新されてなかったので
どうされたのかな?と思っていたのです。

宮城に行かれていたのですね。

ずいぶん前に読ませて頂いたのですけど
どのような言葉を残せばよいのかわからず
今頃になってしまいました。

祥子さんと旦那様、ご無事で本当によかったですね。

sayoさんの信じる気持ちが神様に届いたのだと
私、思いますよ。

そして・・・旦那様のご両親のご冥福をお祈りします。

こうして記事にするのは気持ち的にも大変だったと思いますが
記事にして頂いたからこそ被災地の事、初めて知る事も多々ありました。

sayoさん、本当にありがとうございました。
by ハナヒバナ (2011-08-07 21:25) 

sayo

>ハナヒバナさん

お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

震災後、色々と考えることがあり
また彼女と再会後も心の整理がなかなかつかなくて
ブログもツイッターもお休みしていました。

でも、自分の生活スタイルを少し変える
いいきっかけになったかな?と
今はそんなこと考えています

私のような、ゆるーいブログの小さな記事なのに
ハナヒバナさんのようなコメントを頂けるなんて
とても感謝の気持ちで一杯です

私の方こそありがとうございます。と言いたいです♪
もちろん、楽しいことも書いていきます
更新も滞りがちですが...
お暇な時にでもまたフラッと遊びに来てくださいね

by sayo (2011-08-15 18:10) 

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